ロボット技術の集積を目指している埼玉県は2月14日、遠隔操作ロボットをテーマにした「第14回埼玉ロボットビジネス交流会」を新都心ビジネス交流プラザ(さいたま市中央区)で開催した。遠隔コミュニケーション技術「AVATAR(アバター)」で話題を集めるANAホールディングスの深堀昴氏が、大分市の大分県立美術館「OPAM」と同時中継でつなぎ、さいたま市にいながらOPAMを歩き回る実演をまじえ、「物理駅距離からの解放」について紹介した。このほかドローン開発の株式会社エンルート(埼玉県朝霞市)を創業し(その後退任)、現在は株式会社アトラックラボ(埼玉県三芳町)の代表をつとめる遠隔ロボット技術開発の第一人者、伊豆智幸氏らが登壇した。
埼玉県がロボットビジネス交流会を企画したのは、県として先端事業に力を入れているためだ。平成26年度から、ナノカーボン、医療イノベーション、ロボット、新エネルギー、航空・宇宙の5分野を中心に産業集積を目指す「先端産業創造プロジェクト」を推進していて、交流会はその活動の一環として企画された。
埼玉県産業労働部先端産業課長の高橋利男さんは「遠隔技術は高齢者の見守り、遠隔教育、スポーツなどで使われ始めており、今後は遠隔医療などとして社会課題の解決に期待が寄せられている。来年度は先進的な技術を埼玉県、あるいは日本の社会課題を解決するイノベーションの創出支援に取り組む」と表明し、県としての意気込みの強さを示した。
講演では、ANAの深堀ディレクターが、ANAがAVATAR技術に乗り出している背景について、ANAがヘリコプター2機で航空事業に参入したベンチャーだった成り立ちがあることや、人類にとって移動は歴史的に課題であり続け、その克服がイノベーションにつながってきたこと、ANAとして目指している世界中をつなぐというビジョンの達成は、エアライン利用者が世界の6%にとどまる中、実現が困難なことなどを紹介した。非営利組織XPRIZE財団が主催するコンペティションをきっかけに、ANAの事業として全社的に力を入れているという。
そのうえで移動できる台座、ディスプレイやカメラなどから構成される独自開発のAVATARロボット「newme(ニューミー)」を紹介。大分県立美術館にあらかじめ置いてあるnewmeに、さいたまにいるユーザーがログイン(AVATAR-INという)し、美術館に待機していたスタッフに案内を受けて見回る体験を披露した。またこの技術を可能にする超低遅延データ転送システムについて、2020年5月に提供をはじめると話した。
深堀さんは「アバターには誰でも入れるが、入るとロボットに個性そのものになる。単身赴任している父親が家庭に置いてあるnewmeにAVATAR-INすると、うちにいる娘さんはnewmeを“パパ”と認識する。おもしろいことにペットもそう認識する。この技術を通じ、ANAは2050年までに物理的距離と身体的限界をゼロにする瞬間移動手段となることを目指す」と話した。
次に登壇した月面探査ロボYAOKIを開発した株式会社Dymon(ダイモン、東京)のCEOでロボットクリエイターの中島紳一郎さんは、手のひらサイズのYAOKIの実物を持参。「超小型軽量で月への打ち上げコストを10分の1以下にした。転んでも倒れても走行不能にならないことから、“七転八起”でYAOKIと名付けた」と説明した。20201年には月面探査を実施し「水が存在することは確認できているがそれを洞窟探査する」と表明した。
アトラックラボの伊豆智幸さんは、無人移動ロボットで使われる技術と用途についてLidarやAIを活用して農業などに転用できる技術を紹介。「3万円ほどで購入できるセンサーなどを使うことで、人がいれば避けることもできるなど可能性が広がってきた」と紹介。地面に落ちている栗を、小石、工具などと見分けて拾うロボットを紹介。「お金持ちのお客さんにはゼロをひとつふたつ足しますが、そうでなければ技術を開放したい」と会場の笑いを取りながら説明した。
触感や身体感覚を共有する技術、“BodySharing”の開発を手掛けるH2L株式会社の岩崎健一郎さんは、手首にパルスメーター状のデバイスをまくと、コンピューターから信号を受けて、手首を動いたり、指が曲がったり伸びたりする技術をデモンストレーション。「VR、AR、ロボティクス、ヘルスケア分野で活用が見込まれる」と紹介。すでに、配電盤の作業員向けに、危険な作業をしてしまう場合に刺激を受ける研修に用いられていることなどが紹介された。岩崎さんは「リモートワークで身体を使う業務ができるようになる」と、活用を拡大したい考えを表明した。
このあと参加者をまじえての懇親会で、登壇者を中心に、それぞれの技術を活用する提案などの議論が盛り上がった。埼玉県は今後も、ロボット先端産業に力を入れる考えだ。