パソコン画面を見るだけの視線入力でドローンを操縦する体験会が1月13日、東京・有明の多目的施設、プラザ平成国際交流会議場で開かれた。障害を抱える方にドローンを活用した空中散歩サービスなどを提供する株式会社シアン、肢体に不自由を抱える方向けの入力デバイスを開発するテクノツール株式会社などが実施した。当日は車いす利用者や福祉への関心を持つ来場者がブースを訪れ、パソコン画面を見ることでドローンを入力し、機体が飛ぶ体験を味わった。
体験会は、アシスティブ・テクノロジーを手掛けるテクノツール株式会社が、株式会社シアン、株式会社コボリンとともに主催した障害者に可能性を感じてもらうテクノロジーの展示・体験会 「Possibility Fes~本当の可能性に、アクセスする。」に、シアン、テクノツールがブースを出展して行われた。
会場は屋内で、ドローン(Phantom4)をロープに係留し、周囲を囲うことで会場内にフライトスペースを確保して行われた。ブース内の操縦場所には、ノートパソコンが設置してあり、パソコン画面には、「離陸」「上昇」「左回転」「カメラ上」「下降」などの基本的な指示のついたマスが表示してある。利用者は、「離陸」などの指示のついたマスをじっと見るなど視線を送ると、画面に設置されたカメラが利用者の視線を検知し、独自開発した入力ソフトウェアを通じて入力操作に変換する。ドローンは一般のスティック操作のように、視線入力の指示に従って飛行する。一連の仕組みはパソコン側に備えてあるため、利用者には機器の装着を求められることはない。利用者の負荷の軽減を図ることで、テクノロジーの普及と、それを通じた障害者の可能性の拡大を図る取り組みだ。
この日は予め予約をした利用者が次々とブースを訪れ、視線入力の感触を確認した。車いす男性Aさんは、ゲームなどで視線入力の経験があり、係員の指示通りに上昇、回転、撮影を楽しんだ。これまでに視線入力の経験のない車いすの女性Bさんは、視線入力のこつをつかむと、自在にドローンが飛び、カメラで自分の姿をとらえることができると笑顔を見せ「理屈抜きで楽しいです。私の前に飛ばした方(Aさん)はふだんから視線入力を使っているプロです。私はは初めてなので視線入力の初心者ですが、それでも飛ばせました。ドローンをプロポで飛ばしたこともなかったのですが、視線入力で飛ばすことが初めてのドローン体験で、これをきっかけに、できることが増えたような気がします。また飛ばしたいです」と声をはずませた。
九州工業大学知的システム工学科4年の安立楓さんは、電子工学が好きで福祉に強い関心を寄せていることから関係者にすすめられ今回、会場を訪れ、視線入力を体験した。ドローンを飛ばし、「ふだん視線入力をして生活をしているわけではないので、不慣れでしたが、慣れると使いやすい技術かもしれないと思いました。福祉にいかせそうでとても有意義でした」と話した。
安立さんは、電子工学好きが高じて、CADを使いドローンを自作した。ドローンを先に自作していた知人に誘われ飛行ロボコン(全日本飛行ロボットコンテスト)にも出場した経験がある。「電子工作が好きで、いまは福祉に関心があります」と、春からは筑波大学大学院で福祉を研究する。「もしかしらた電子工作を福祉に生かすことがあるかもしれません」と目を輝かせた。
視線入力体験をサポートしていたシアンの中野政勝さんは「みなさん上手に飛ばしていて驚きましたし、多くの方が楽しそうにしていたことでこちらも嬉しくなりました」と話した。中野さん自身も車いす利用者で、ドローンパイロットでもある。「障害を持っていても可能性があることをみなさんに体験してほしいし、自分の体験が参考になるのならそれも伝えたい」と話した。
会場には視線入力ドローンのほかに、手を使わずに演奏できる楽器の体験、最先端技術を使った電動車いすの試乗、ハンドルやブレーキに縛られないeレース仕様のレーシングシミュレーター、オンラインボッチャなど数々の遊び心あふれるテクノロジーが展示されていた。シアンの岩井隆浩代表は「テクノロジーで障害者の制限を超えられることを体験できるイベントをしてみたいと、仲間と立ち話をしたことから開催にこぎつけました。ご来場のみなさんが楽しそうな表情をされていることがなによる嬉しい。これを励みに取り組みを進めたい」と話していた。
ドローンを活用した障害者向けサービスの研究開発などを行う株式会社シアン(東京都千代田区)と、障害者向けのPC入力支援技術開発を手がけるテクノツール株式会社(東京都稲城市)は、目の動きによる入力をドローン操作に応用する視線入力技術を開発し、5月19日、サイエンスパーク「湘南ヘルスイノベーションパーク」(湘南アイパーク、神奈川県藤沢市)で、筋ジストロフィー患者で身体機能に大きな制限を抱える梶山紘平さんが、この技術を使って視線入力でドローンを飛行する様子を公開した。ドローンは梶山さんが視線を動かして入力した通りに飛行し、障害者によるドローンの操縦の可能性を実証した。梶山さんは操縦後、「自分にとってこれは脱寝たきりプロジェクト」と述べた。2024年の実用化を目指し、今後も開発を進める。
実演は、テクノツール、シアン、梶山氏の3者が進める「ドローンアクセシビリティプロジェクト」の一環。重度肢体不自由者がドローンの操作による業務参加を目指す取り組みで、昨年(2021年)10月以降、技術開発を進めてきた。
この日使われたシステムは、PC、モニター、タブレット、カメラなど既存技術に入力のソフトウェアを組み合わせてある。モニター画面に、「上昇」「前進」などが明示されたコkマンドパネルが配置されていて、操縦者は希望するコマンドの記されたパネルに視線を送ると、システムが視線を検知し、検知した動作がドローンに伝わる。
実演では梶山さんが電動車イスに乗った状態でPC、モニター、タブレット、カメラなどを組み合わせた入力システムの前に待機。梶山さんの場所から50mほど離れた場所に、テザー(ドローンスパイダー)につながれたPhantom4pro V2.0が置かれた。梶山さんが入力システムのコマンドに視線を送ると、ドローンは梶山さんの指示通りに上空10mまで上昇し、その後前後、左右、回転の動きを見せた。
実演終了後、梶山さんは今回のデモンストレーションについて「ゲームに夢中になっているうちに、ドローンも操作できるのではないか、と思い立ち(テクノツールの)島田さんに話をしたことがきっかけです。このプロジェクトを多くの人に知ってもらう機会が作れてよかったと思います。傍から見ればぼくは寝たきりで、何もできないと思われがちですが、テクノロジーと技術を提供する方がいれば、寝たきりとは言えなくなります。ぼくとしては寝たきりであることより、どんなテクノロジーを使っているのかが注目される社会になってほしいと思っています。ぼく個人にとってこれは脱・寝たきりプロジェクトだと思っています」とコメントした。また視線入力について「目が乾燥して、開け続けるのが大変でした」と指摘した。今後、ドローンなどの入力技術が発達した場合にしてみたいこととしては、「人間の視線を感じてみたいです。自分は歩いたことがないので、歩く視線を知りません。たとえば歩行ロボットを動かしてみたいということがあります」と話した。
ドローン運用の面から技術開発に関わってきたシアンの岩井隆浩代表取締役CEOは「産業利用までの道はまだ遠いですが、墜落することもなく飛行ができたことは大きな意味があったと思っています」と感想を述べた。同社の社会貢献担当でこの日も飛行をサポートした、中野政勝さんは「今回の実証で梶山さんはプロペラの起動、離陸、前後、左右、回転など基本の動作はすべてクリアすることができました。その意味では大成功だと思います」と述べた。
視線入力技術の開発について、テクノツールの島田真太郎代表取締役は「プロポでの入力に対応するドローンの挙動を、どのように視線入力のソフトウェアに落とし込むかが難しかった。現在も改善し続けている状態です。さらに入力の多様性もキーになると思っていますし、拡張性や汎用性も大事になってきます」と述べた。入力技術の開発に中心的に関わったテクノツールソフト開発部の本間一秀さんは、「プロポ操作の微調整を視線入力に反映させることが今後の課題です」と抱負を述べた。
「ドローンアクセシビリティプロジェクト」は今後も、身体機能に大きな制限を抱える人々の楽しみや就労機会の創出を目指す取り組みを続ける方針だ。梶山さんも視線入力のスキルを使い就労することを目指す。