対談 の記事一覧:2件
  • 2020.4.16

    【鈴木×宮川×岩花対談】ドローンの未来~無人機は有人機とともに領域を拡大する関係(後編)

    account_circle村山 繁
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      反響の大きかった対談の後編をお届けします。対談者は、東京大学名誉教授・未来ビジョン研究センター特任教授の鈴木真二氏、小型ジェット旅客機「三菱スペースジェット(旧MRJ)」の開発に携わった航空機開発に詳しいPwCコンサルティング合同会社顧問(Aerospace&Defense担当)の宮川淳一氏で、モデレーターとしてドローンや空飛ぶクルマ関連の業務・技術支援に携わるPwCコンサルティング合同会社ディレクターの岩花修平氏が参加して進行をリードしました。前回お届けした前編では、航空機業界以外の分野から参入したスタートアップ企業などがドローンの未来を切り開く次世代リーダーとなる可能性などの意見が話題になりました。今回の後編では過疎地などでの新しいモビリティとしてドローンや空飛ぶクルマを活用する「スマートビレッジ」の登場を展望し議論を深めます。(対談は外出自粛要請の前に行われました。本文中敬称略。写真・文:小島清利・村山繁)

    無人航空機と有人航空機の切っても切れない関係

    鈴木真二氏

     岩花氏:鈴木先生はドローンの世界では欠かすことができない特別な存在となっていますが、無人航空機の研究を始めた経緯について教えてください。また、ドローンの活用拡大へ向けて、どのような使命感を抱いていますか。

     鈴木氏:私のライフワークは墜落しない飛行機の研究で、それは飛行中の事故や故障でも墜落しないような飛行制御則を構築することです。その飛行試験は危険が伴うため、コンピュータ制御が可能な模型飛行機で飛行試験をしていたことがきっかけです。そうした体験から、無人航空機を設計、製作して飛行させることは学生の教育にはベストという思いを持ち、2006年から全日本学生室内飛行ロボットコンテストというものを毎年開催しています。今のドローンと呼ばれているマルチコプターが実用化してからは、産業利用を促進するための民間団体が必要ということで、一般社団法人日本UAS産業振興協議会(JUIDA)という非営利団体を2014年に設立し、そこから、ドローンに本格的にかかわるようになりました。使命感と言う意味では、どうしても、ドローンというのは墜落リスクを避けて通れないので、私としては研究者の視点で、ドローンの安全性を高める取り組みで、貢献していきたいと考えています。

     岩花氏:宮川顧問の専門は有人航空機ですが、そのころから、無人機であるドローンについても関わりがありましたか。

     宮川氏:2007年に三菱リージョナルジェット(MRJ)へ異動するまで、三菱重工で防衛航空機の技術部門に在籍していました。当時から防衛航空と無人機は関連性があったので、大変関心を持っていました。2000年代初頭から、無人の戦闘機の出現を視野に、既に様々な議論がされていました。

     岩花氏:有人航空機の業界にとって、無人航空機は脅威になりうると想定されますが、航空機メーカー、操縦士、関連サービス業などのそれぞれの立場として、無人航空機に対するスタンスはどのようなものが見られそうですか。

     鈴木氏:脅威ではなく飛行領域を拡大するということが欧米の航空機会社の共通認識です。エアバスや、ボーイングはスタートアップ企業を取り込みその市場の制覇を狙っています。空港から空港まではこれまでの飛行機で良いのですが、空港からその周囲への空の移動手段と捉えています。一方、ヘリコプター会社は従来のガスタービンヘリよりも運用性、整備性、コスト、騒音について、劇的に改善することを狙っています。私も空飛ぶクルマは車でいうと、上級車ではなく、軽自動車にあたるものと思っています。軽自動車の使い方を見ればわかりますが、空飛ぶタクシーになるのは少し先かと思います。軽自動車や軽トラックは地方での移動手段として欠かせないものとなっていますので、そうした利用を最初は狙うべきだと思います。

    宮川淳一氏

    おさるの電車には乗るが、おさるの飛行機に乗る人はいない

    岩花修平氏

     岩花氏:有人航空機と無人航空機の棲み分けは進んでいくのか、協調しつつ進化していくのか、もしもお考えがあればご意見をいただけますでしょうか。

     鈴木氏:そうですね。航空需要はますます増加することが確実視される中、カーゴ便を無人化することで、パイロット不足を解消しようとする流れはあると思います。お客を乗せたパイロットレスの大型機は現状では夢に近い存在です。おさるの電車に乗りますが、おさるの飛行機には乗る人はいないのです。レールの上を走る電車と空中を飛行する飛行機では求められる安全性に違いはないのですが、求められる機能に大きな違いがあるからです。

     岩花氏:有人航空機の業界にとって無人航空機だけでなく、電動化や自律飛行が進んでいくという流れがありますが、ビジネスとしてどのようになっていくと想定されるでしょうか。

     鈴木氏:これまでの機体製造だけではなく、新たな人材を必要とし、新たな業界との連携が求められます。自動車会社がIT企業とコラボするようなことが航空機業界にも求められ、業界の動きに大きな変化が訪れます。ただし、B737MAXで経験したように複雑化するシステムの設計開発時の安全設計、安全確認の仕組みを築いていくという大きな課題がありますので、単なる協業では済まないというのも事実です。

     岩花氏:技術の発展に向けたハードルとして電動の場合のバッテリーなどが代表として挙げられるかと思いますが、その他大きなハードルとしてどのようなものが挙げられそうでしょうか。

     鈴木氏:欧州でハイブリッド航空機の研究を推進するリーダーであるエアバスは、電気推進やハイブリッド推進に対する安全認証がない中で、国際的なルール作りをグローバルな産学官の連携で推進することを提案していました。要素技術とともに、認証技術を築き上げることを同時並行的に行わなければならないのです。

    空中の衝突回避に向け小型軽量のADS-Bの開発が加速か

     岩花氏:法規制の検討において例えば有人航空機との棲み分けや双方の識別をどうするかなど色々な課題が考えられますが、現状の法規制の検討上ハードルなどについてご意見をいただけますでしょうか。

     鈴木氏:日本の場合、低高度を飛行するヘリなどの有人機の位置情報が、地上では把握できないという大きな課題があります。欧米ではADS-Bという発信機を小型機に装着することが進んでいますが、日本ではあまりその認識が進んでいません。小型軽量のADS-Bを開発して世界に提供できれば大きなビジネスにもなりますが、航空機の装備品産業は日本ではまだ限られた分野しか成熟していません。

     岩花氏:今後の活用を広げていくためには、墜落や悪用、プライバシーなど想定されるリスクとその対処についてきちんと把握して適切な措置や対策をとることが、市場の発展のためには重要とPwCコンサルティングは考えています。ところで、リスク低減のために事故調査による事故原因の究明とそれによる改善といった取り組みも重要と考えておりますが、そこに向けた動きは見られるでしょうか。

     鈴木氏:事故の原因を究明し、安全対策として活かしていくという方法は重要ですが、無人機の場合は未着手です。ボランティアベースでの検討は始まっていますが、制度化し、公的な機関が実施しなければ混乱をまねくばかりです。福島のロボットテストフィールドがその役割を担えればと思います。航空安全の向上は、厳密な事故調査とそれによる改善で築かれてきました。ドローンでもそれをどのように構築するかが課題です。

    「スマートビレッジ」でこそ求められる空飛ぶクルマ

     岩花氏:技術や法規制などの課題を乗り越えた先に利活用の大きな広がりが想定されますが、無人航空機が活躍する社会はどのように実現されるだろうと想定していますか。

     鈴木氏:空飛ぶクルマは交通渋滞を解消するアーバンエアモビリティが想定されています。スタートアップ企業が取り組んでいる空飛ぶクルマは従来のドローンとあまり変わりません。空飛ぶタクシーが高級車であると位置づけると、空飛ぶクルマは軽自動車です。しかし、地方に行くと軽自動車は存在価値があり、重要な移動手段なのです。空飛ぶクルマは実は都市部で活用できるという以上に、過疎地で移動手段として重要な意味を持ってくると思っています。過疎地が暮らしやすいようにしないと、日本の人口減少に歯止めがかかりません。

     この秋、福島ロボットテストフィールドに向かうため、仙台から福島・南相馬へ電車で移動していたら、大型の台風で電車が止まってしまいました。台風が過ぎ去った後に、電車運営会社はタクシーを呼んでくれたのですが、そこからが地獄でした。国道などの幹線道路は冠水してしまって進めません。しかし仙台から来たタクシーの運転手は道路事情に詳しくありません。立ち往生しそうになると、同乗された地元の人たちが親切に道の情報を教えて、何とかホテルにたどり着けたのです。もし、こうしたケースで、空飛ぶクルマがあれば、幹線道路の冠水も怖くありませんし、本当に便利だろうなと想像しました。スマートシティという言葉がありますが過疎地の交通を高度化する「スマートビレッジ」にこそ、空飛ぶクルマが求められているのではないかと思ったのです。

     岩花氏:PwCコンサルティングでは、MaaSの取り組みも進めています。ドローンや空飛ぶクルマは決して万能ではなく、ケースバイケースで最適な交通機関があるはずです。自動運転の鉄道、バス、自動車などがある中で、ドローンや空飛ぶクルマが生きてくるはずです。全体最適で考えることが重要だと思います。

     鈴木氏:島根県美郷町は過疎化が進み、赤字路線が廃線になりました。ドローンの活用に積極的な町なので、廃線になった線路を使って、自動走行車を走らせたり、ドローンを飛ばしたりすれば、新しいモビリティの可能性が広がるのではないかと感じました。モビリティは、飛行機や船、列車、バスなどそれぞれが単体で発展し、専門化しており、セクショナリズムになりがちです。しかし、それぞれの移動手段を単体で考えるのではなく、全体最適を目指したモビリティ同士の連携を考えていくべき時代になったと言えます。都心部よりもむしろ、過疎地でこそ有効な概念だと思います。まさに、スマートビレッジの考え方です。

    自由に飛ばし、落とし、改善する日本版「キティホーク」構想

     宮川氏:無人機や空飛ぶクルマの社会実装には多くのステークホルダー(利害関係者)が関わる必要があると思います。インテグレータ、機体、地上操縦装置、通信ネットワーク、航空管制、法制度、社会受容促進など。経済価値の大きな特区を設定して、これらを実現し業界を主導するところにコンサルティングの活躍の場があるのではないでしょうか。

     鈴木氏:中国でドローンが発展している背景には、ドローンの飛行を許容する特区の存在があります。もともと、中国では軍が空を支配しているので、そもそも、勝手に飛ばすことはできないのですが、特区を設け、そこだけは自由度を広げています。一方で、日本の問題としては、機体の開発環境が設備としても制度としても未成熟という現状があります。

     最近、機体が行方不明になる事件が相次ぎましたが、例えば、福島ロボットテストフィールドでは“大きな鳥かご”と呼んでいる、網で覆われた試験設備があります。そうしたところで迅速な開発が行える制度も整備してゆく必要を強調したいと思います。もちろん、安全性は担保されなければなりませんが、自由にドローンを作って、飛ばして、落として、改善してということができる飛行環境を特区などで整える必要があると思います。私は福島ロボットフィールドをアメリカのキティホーク(ライト兄弟が世界で初めて飛行機による有人動力飛行に成功した町)のようにしてはどうかと提案しています。そうした自由な実験場でこそ、本当の革新的技術が生まれるのだと思います。

     岩花氏:PwCコンサルティングではドローンや空飛ぶクルマ、MaaSビジネスなど無人航空機を活用した市場の活性化に使命感を持ち、市場、法規制、技術動向などの調査、事業化に向けたビジネスモデルの検討、事業性評価、実現性評価、オペレーション設計、プロジェクト管理、リスク管理、3次元データ活用などのプロジェクトを国内外で既に多数実施しており、実績が積みあがってきています。世界中のPwCメンバーファームと協力して海外制度をグローバルに分析し日本に紹介するような支援体制も有しています。

     今回の対談では、鈴木先生が仰った日本版「キティホーク」構想がとても印象的でした。世界中の誰もが実現不可能と思っていた有人飛行をライト兄弟は成功させました。そんなライト兄弟のように、私たちも航空機産業の歴史の転換点に今立っているのではないでしょうか。これからも業界の中で中立的な立場を保ちつつ、無人航空機を活用した市場全体としての最適化を今後も継続して目指していきます。

     本日はどうもありがとうございました。(完)

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    村山 繁
    DroneTribune代表兼編集長。2016年8月に産経新聞社が運営するDroneTimesの副編集長を務め、取材、執筆、編集のほか、イベントの企画、講演、司会、オーガナイザーなどを手掛ける。産経新聞がDroneTimesを休止した2019年4月末の翌日である2019年5月1日(「令和」の初日)にドローン専門の新たな情報配信サイトDroneTribuneを創刊し代表兼編集長に就任した。現在、媒体運営、取材、執筆、編集を手掛けながら、企画提案、活字コミュニケーションコンサルティングなども請け負う。慶應義塾大学SFC研究所ドローン社会共創コンソーシアム研究所員、あおもりドローン利活用推進会議顧問など兼務。元産経新聞社副編集長。青森県弘前市生まれ、埼玉県育ち。
  • 2020.3.9

    【鈴木×宮川×岩花対談】ドローンの未来~空飛ぶクルマの発展の命運握る各業界の折り合いとドローン産業の展望(前編)

    account_circleDroneTribune編集部
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      ドローン産業は空飛ぶクルマの研究、開発、運用をはじめとした活用の議論が熱を帯び、より広い産業、多くの層から注目されています。そこでドローン研究の第一人者で東京大学名誉教授・未来ビジョン研究センター特任教授の鈴木真二氏、小型ジェット旅客機「三菱スペースジェット(旧MRJ)」の開発に携わった航空機開発に詳しいPwCコンサルティング合同会社 顧問(Aerospace&Defense 担当)の宮川淳一氏が最新動向や産業利用拡大に向けた課題などについて対談しました。モデレーターはドローンや空飛ぶクルマ関連の業務・技術支援に携わるPwCコンサルティング合同会社ディレクターの岩花修平氏が務めました。今回は、今後のドローンの未来を切り開くのは、航空機業界以外の分野から参入したスタートアップ企業などの次世代リーダーである可能性を示し、従来の航空機産業を築き上げてきた先人たちとどう協力関係を築くべきかといった方向性について話し合った前半の様子をお届けします。(文中敬称略)

    安全ガイドラインづくりを民間が主導

     岩花氏 2015年4月の「首相官邸無人機落下事件」をきっかけとして、社会的な観点も踏まえて無人航空機の法規制に関してもさまざまな検討があると聞いています。

     鈴木氏 首相官邸無人機落下事件が起こった2015年は、国内のドローンを取り巻く環境が大きく変化した年でした。同年に航空法が改正され、規制が強化されるなど制度化が進みました。一方で、ルールの制定により、正式に利用する際の根拠ができることになるため、事業者はむしろ歓迎しました。この改正は、一般社団法人日本UAS産業振興協議会(JUIDA)が、会員とともに安全ガイドラインを国土交通省、経済産業省のアドバイスを得ながら自主的に策定していたことが基礎になったという自負があります。3年後の2018年には、安倍晋三首相がドローンで物流ができるようにすると宣言し、産業化へ向けた動きが加速しました。

     岩花氏 2022年に「目視外及び第三者上空等での飛行(レベル4)」に関する規制緩和が見込まれていますが、この動きによって大きく活用の拡大が見込めそうですか。

     鈴木氏 第三者上空の目視外飛行というと、2022年に市街地を大型ドローンが飛び交うことを思い描かれる方がいらっしゃるかもしれませんが、現在の技術や安全レベルでは難しいと感じます。リスクを低く抑えられる状況から、段階的に進めていく必要があります。日本では、人口集中地区(DID)では許可なく飛行することが全面的に禁止されていますが、都市部の中でも相対的にリスクの少ない飛行はかなりあります。例えば川に沿った飛行や建物の点検のための飛行、空撮のための小さなドローンの飛行などです。安全が確保されれば、都市部でドローン飛行を許可するように規制を緩和する必要があります。そうしたところから、レベル4が始まると考えています。ただし、現実には、地方でのドローン飛行を重ねて、ステップを踏みながら次第に安全の確保が検証され、空域が広がっていくことになるのではないかと考えています。

    空のルール、学んで守るのか、参加してつくるのか

     岩花氏 小型無人機に関する関係府省庁連絡会議(官民協議会)では、「目視外及び第三者上空飛行」の実現に向けた検討が進められています。今後の論点や方向性、スケジュール感などについて教えてください。

     宮川氏 小型ジェット旅客機「三菱スペースジェット(旧MRJ)」の開発で、2007年にプロジェクトマネージャーとなり、2008年には全日本空輸(ANA)にローンチカスタマーとなっていただき、開発がスタートしました。当時から型式証明(TC)の取得は極めて困難な作業だという認識で、今でも苦労していると聞きます。日本の航空業界では、航空法は「きっちり学んで、守るもの」という意識が強いように感じます。これに対し、ボーイングやエアバスなど海外の航空機メーカーの関係者と話していると、「航空法というのは参加してつくるもの」という発想が主流です。

     岩花氏 「守る」だけでなく、つくることに参加する発想ですね。

     宮川氏 米連邦航空局(FAA)の使命を謳ったミッションディスクリプションの中は、「米国の国土の空の安全を守る」としたうえで、「航空産業の育成に資する」というものもあると聞きます。ドローンの登場でパラダイムシフトが起こっているときに、どのようなレギュレーションを作っていくかを考えることは、日本にとっては絶好のチャンスです。スペースジェットが参入障壁で苦しんでいるように、従来の有人航空機に関わる航空法制は欧米主導で定められており、日本は学習・追従するしかありませんが、無人機について、人口密集地と過疎地を抱える日本が主導して、もしくは積極的に参加して国際協働で法制制定に関わっていくべきです。

     鈴木氏 全くその通りです。有人航空機の世界では、欧米がはるか彼方を飛んでいます。一方で、無人航空機、特に小型のドローンは世界中で同時に始まったわけですから、日本もルール作りにコミットできるはずです。国際標準化機構(ISO)ではドローンの委員会が設置され、最近になって日本から多くの専門家が参加しています。また、ワーキングの「コンビナー」と呼ばれる座長も日本から出すなど、国際的な業界標準化にむけて日本も活躍しています。特に日本がリードしている分野はオペレーションやトレーニング、ドローン運航管理システム(UTM)です。ただ、機体製造に関しては中国が大きな力を持っています。

     岩花氏 ISOの国際会議に日本から積極的に出席しているのは良い流れだと思います。その延長で、今後は法規制の整備なども国際協調の中で、日本が主導的な立場をとることが期待されます。

     鈴木氏 標準化で主導的な立場を取ることは、産業化を考えると極めて重要です。例えば、電気自動車のバッテリーの充電システムは日本勢が標準化に後れを取り、そのうちに欧州市場などに参入障壁ができてしまったと聞いています。国内では、新しい分野ですので、官民合わせて制度作りや研究開発テーマの設定を協議する環境が2015年度からスタートし、毎年ロードマップを改定しています。これも一つの標準化です。縦割りの組織で、しかも会社間の競争の厳しい日本では、こうした例は珍しいと思います。他の分野でも、ドローンのモデルにならった官民協議会が作られています。例えば、「空の移動革命」を目指した官民協議会が2019年に設置されました。

    インバウンドのドローン使用によるトラブル多発を防げ

     岩花氏 政策として、ドローンの機体や操縦者の情報登録や「車検」のような許認可制度など、管理制度の導入によるメリットとしてどのようなことが考えられますか。

     鈴木氏 欧米の場合は、ドローンがテロに使われることに対する恐怖心が強く、誰が何を所有しているかを把握しておくことは重要です。一方、日本は比較的に安全と考えられ、危機意識は高くありませんでした。しかし、最近、訪日外国人旅行者などが、日本の航空法をしっかり理解せずにドローンを飛ばす事態が起こっています。関西国際空港の滑走路付近でパイロットがドローンのようなものを目撃し、安全確認のため全ての航空機の離着陸を停止する事態になりました。しっかり管理しないと、自由な飛行にブレーキがかかってしまうので、管理された状態をつくることは必要であると思います。

     岩花氏 管理された状態をつくるためにどのような取り組みがされているでしょうか。

     鈴木氏 レベル4の実現に向けた官民の検討会において議論を開始し、先ごろ中間報告を出しました。リスクが高くなった場合、そのリスクに応じた機体の安全性や検査制度、操縦者の資格や、管理方法が求められるというのは各国共通の認識です。「リスクベースアプローチ」と呼ばれています。登録者制度は事故時に所有者を特定するというものですが、どちらかというと所有者の意識を高め、管理を容易にするとともに、不正利用を防止する(特にルールを知らない外国人旅行者)意味が大きいと考え、米国でも2015年に導入されています。

     岩花氏 リモートIDの導入でリアルタイムに機体の飛行を管理することや、無登録のドローンを排除することも検討されています。

     鈴木氏 ドローンへの対処に関しては、特にテロの危険性が高い諸国で早期に検討が始まりました。日本ではその認識も薄かったのですが、先ほど述べた通り、関西国際空港で不審なドローンらしきものが見つかり、1時間ほど航空機の飛行が停止された事案もありました。また、2020年は東京オリンピック・パラリンピック競技大会も開催されますので、他人事ではなくなっています。警察や自衛隊、国土交通省もそのための予算を計上し、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)もリモートIDの研究に着手しました。リモートIDはドローンが自らのIDと位置情報などを周囲に発信しながら飛行するもので、米国では2020年早々に法案が、欧州では2020年からその装着を義務づけようとしています。登録しても番号を機体につけるだけですので、遠くからは全く見えません。そのために、WifiやBluetooth、LTEなどの方式で電波を周囲に発信しながら飛ばそうというものです。運航管理の在り方を検討する日本無人機運行管理コンソーシアム(JUTM)では福島ロボットテストフィールド(福島RTF)を使ったリモートIDの実証実験を行ったところです。これらは本当にドローンなのか、正規に登録されて飛行するドローンなのか、不正なドローンなのかを判定するためにUTMと連携して使用することが想定されています。テロ行為を行おうとするドローンへの対処は警察や自衛隊の課題ですが、さまざまな方式が提案されています。

    ドローン管制システムUTMの普及へ未知の分野に挑む

     岩花氏 日本ではJUIDAを代表とした操縦者、運航管理者向けの資格が既に存在し、一定の知名度と資格者を輩出していますが、今後、運航管理システムや目視外飛行、自律航行が進むと新たな操縦者、運航管理者要件が出てくると想定されますが、資格制度にどのような変化が見られそうでしょうか。

     鈴木氏 レベル3においては、資格があれば飛行申請の許可が簡単におりそうです。レベル4および明確な規定のなかった25キログラム以上の大型ドローンに関しては、より高いレベルの資格が要求されるというのも国際的な共通認識です。JUIDAでは個人向けに「無人航空機安全運航管理者」という資格を出していますが、UTMが普及するとそのための管制官に相当する資格も必要になり、運航事業者に対する承認制度も必要になると思います。

     岩花氏 「目視外及び第三者上空飛行」の実現に向けて空域の管理や飛行機体の管理のためにUTMが必須の仕組みになると想定していますが、今後の普及に向けたスケジュールや関連する法規制、海外との連携、カウンタードローンとの連携の可能性などについてご意見をいただけますでしょうか。

     鈴木氏 UTMに関しては、小規模なものは商品化され既に利用されていますが、広域においてそれぞれのUTMを統括するスパーバイザーとしてのUTMをどう設計し、どのように運用し、だれが管理するのかという大きな課題があり、国際的にも未踏の分野です。現在では、長距離を飛行するドローンもなく、高密度の利用もないわけですから、将来に向けた投資にもなりますが、個人的には、高度なセキュリティーが要求される空港や原発、大使館などの周囲では、UTMが今すぐにでも必要と感じています。ただ、まだUTMの基本方針も明らかになっていませんので、スケジュールも明確ではありません。将来、長距離飛行のドローンや、高密度運航にも対応できるアーキテクチャーを早期に固める必要があります。ISOの標準化作業も始まったばかりです。

    無人機の標準化への動き、日本に出遅れ感

     岩花氏 PwCコンサルティングにおいてもドローンを利用したビジネスを海外でも展開したいというクライアントの声が多く聞かれるため、規格などの標準化の取り組みも重要だと考えています。海外における無人航空機の標準化や法規制、知財、利活用の動向なども調査していますが、グローバル展開する企業にとって海外の技術開発動向、法規制と足並みを合わせることが重要と感じています。海外の技術開発、法規制と歩調を合わせるために、日本として何か取り組んでいることなどはありますか。

     宮川氏 無人機に関わる標準化は、モビリティ専門家を会員とする米国の非営利団体であるSAE(Society of Automotive Engineers)などがすでに委員会を構成して議論を進めており、日本は出遅れ感が強いと言えます。標準化も従来は学習・追従と捉えてきた日本の産業界に、少なくとも参加を促すことが必要になります。

     鈴木氏 大型ドローンや電動航空機に関してはそうですが、小型ドローンに関しては、特に電波法や法規制が国によって異なるという課題があります。機体はドローン最大手のDJIがほとんどですので、国によって異なる制度が現時点での大きな課題です。ISOの国際標準化が進めば機体や運用などに関しては世界で共有化が進むと思います。各国で電源のコンセントが違ったり、昔の話ですが携帯電話の方式に違いがあったりしたこともあり、その際は本当に苦労しました。

     岩花氏 人が乗ることも想定する空飛ぶクルマの実現に向けた検討も進めていると思います。これは無人航空機の延長としてとらえるのか、それとも技術的にも法規制面でも全く別のものと定義されるのか、どちらになるでしょうか。

     鈴木氏 技術はドローンをベースに電動のマルチコプターで進むと思いますが、法制度などは有人機の超小型版と位置付けられるので、小型航空機のルールを参考にして決められていきそうです。そうなると日本にとっては不利となりますので、早急な整備が求められます。

    上から来た航空機業界の人と、下から来たスタートアップの人

     宮川氏 空飛ぶクルマは従来の航空製造事業「上」から降りてきた人たちと、ホビー用を代表とする新規の航空デバイス製造業「下」から昇ってきた人たちに分かれます。昔は、ドローンは鳥や凧と同じ扱いでしたが、今や、下から上がってくる「ディファレントスピーシーズ(異なる人種)」が出てきて、どのように折り合いをつけるべきか戸惑っている段階だと思います。これは私見ですが、この世界を発展させる人たちは、下から上がっている新しい人種ではないでしょうか。最近はロケットをつくっているスタートアップ企業が多いですが、こうした新しい人種が、新しい技術を引っ張っていくという気がします。私も含め、上からの人たちは極めて保守的な考え方が多い。飛行機の場合は、落ちることが許されません。もし、不具合が見つかれば臨時対策、恒久対策と完璧を期す必要があります。

     鈴木氏 確かにドローンを進めてきた人たちは航空機とは別の世界の人たちです。違う人種の人たちが進めてきたから、うまく進んできた側面もあります。しかし、空飛ぶクルマが人を乗せて飛ぶとなると、確実に安全を担保しなければなりません。これは上の世界の人たちの領域です。今後は、上の人たちと下の人たちをどうつないでいくのか、まさに今、大激論が交わされています。


     宮川氏 私が三菱重工時代に有人機でやってきたのはシステムインテグレーションです。無人機を安全に飛ばすには、機体のシステムだけを見ていては不十分です。すぐに思いつくだけでも、無人機を最終的に確保するには、地上装置や通信インフラ、管制インフラ、法制、社会的受容性をどう調整するか、物理的な攻撃とサイバーの面でのセキュリティー、パイロット育成などの運用支援など、数々あります。もっと広い視野で、システムで支えていく必要があるのではないでしょうか。極論すると、機体が落下することを予め想定して、どのように安全安心をつくり、価値を享受していくのかという発想が重要になってきます。

     鈴木氏 米国FAAでは小型航空機の型式証明の方式が最近大きく変化しました。コックピットの液晶パネルのような新しい技術を積極的に利用したいという理由からです。そこではパフォーマンスベースのルールが採用され、その性能の認証に、業界団体のコンセンサスで提案されたものが採用されるという劇的な変化が起きています。空飛ぶクルマの認証を従来の方法で行っていては非常に時間とコストがかかってしまいますので朗報とはいえますが、日本にそのノウハウがほとんど入ってないのが問題です。(後編に続く。PwCはドローンによる課題解決に力をいれていて「ドローン・パワード・ソリューション」のWEBページで情報を提供しています。ページ内でも本対談を御覧頂けます)

    対談者
     鈴木真二氏(中央)
       東京大学名誉教授・未来ビジョン研究センター特任教授
     宮川淳一氏(左)
       PwCコンサルティング合同会社 顧問(Aerospace&Defense 担当)、
       元三菱重工執行役員フェロー 技師長
     岩花修平氏(右)
       PwCコンサルティング合同会社ディレクター

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    DroneTribune編集部