• 2019.5.31

    斎藤和紀の「空飛ぶクルマの新産業創出にみる新しい働き方や副業の形」

    account_circle斎藤 和紀

     ドローン、エアモビリティーが価値ある未来を手繰り寄せると期待される中、世界規模のコンテストで善戦中の「テトラ」に注がれる視線が熱い。テトラとは何か、チームのの取り組みとはどんなものか。その実態について、テトラに詳しいアイ・ロボティクスの斎藤和紀CFOに原稿としてまとめてもらった。以下、そのまま紹介する。(村山繁)

    ボーイングのコンテストへ切り込む侍集団

    テトラの創業メンバー。左から2人目が中井佑氏

     ボーイングがメインスポンサーを務めるGoFlyというコンテストがあることをご存じだろうか。2020年の春までに、軽自動車サイズの空飛ぶクルマ(有人エア・モビリティ)を30km以上飛行させ、そのスピードやデザイン、静粛性などを競うコンテストであり、賞金総額は日本円で2億円を超える。

     実は、このコンテストには日本からも東大発の「テトラ」が参戦している。設計を競う第一フェーズで世界トップ10入りを果たし話題となったことは記憶に新しい。プロトタイプを競う第二フェーズでも好成績を残し、現在、実飛行に向けた最終フェーズへの出場権を手にした。世界では現在31チームがエントリーしているが、テトラはGoFlyの技術陣からも高評価を受けているチームの1つとされている。

     筆者が創業メンバーでもあるアイ・ロボティクスもテトラを技術面などで支援している。そのため、色々見聞きするのだが、テトラに集まる人とその集まり方はまさに新時代の働き方、副業の在り方を示している。デジタルツールを呼吸するように使いこなし、新しい産業を創り出す志の下に集まる、熱狂を帯びたギルドとしての性格を有している。新しい働き方がそこでは体現しているのである。

    生き物のようなギルド組織から生まれるイノベーション

     このテトラのリーダーは東大工学部博士課程に現役で所属する中井佑氏である。開成高校から東大工学部へと進学、傍から見れば順風満帆なエリートコースを進んできた人間だ。普通に研究を続けていれば大手建設や重工メーカーへの道が約束されていたはずだ。しかし、彼はいとも簡単にその道を捨ててしまう。「何かをやらないことの方がリスクだろう」

     中井氏は博士課程に所属しながらテトラを旗揚げした。JAXA社会連携講座の受講や企業インターンなどの経験を通し、企業という形にこだわるよりも「エキサイティングな未来に繋がる活動であれば自然と仲間が集まり、実現に近づいていく」ということを実感したのだろう。中井氏がテトラを旗揚げするために筆者を訪ねてきたのは2018年1月。GoFlyのコンテストに個人で登録していたメンバーに対し、一人ずつ声をかけていったという。

     現在、この若いリーダーの下、実に30人以上のエンジニアやデザイナーが集結している。航空力学の専門家もいれば、航空機エンジン技術者、ラジコン制御の専門家、航空管制の専門家等20代から60代まで様々な年齢層が集結している。彼らは一様にプロであり、昼間は自らの仕事を持つものがほとんどだ。そのプロたちが、就業後になるとSlackと呼ばれるツールで議論を始める、クラウドのコミュニケーションツールで回線をつなぎっぱなしにして設計に没頭する。クラウドツールでプロジェクト管理を行い、議論を行うのだ。

     彼らの機体の組み立ては大手町のビルの中で行われることもある。協賛する大手デベロッパーが場所を提供し、制作や試験を担当するメンバーは夜な夜なこちらに集まって作業をするのだ。その機体を週末になると北関東に運び、飛行テストを行う。メンバーの中には、学生時代に琵琶湖で鳥人間コンテストの夢を追っていた者も多い。彼らを突き動かすのは、空を飛ぶという夢、世界の航空産業にもう一度日の丸を輝かせたいという情熱だ。

    気になる本業との関係

     この30人は全てそれぞれの領域のプロであり専業はいない。メンバーは相当な時間を費やしているとは言え、それは空飛ぶクルマを飛ばすという夢に対しての投資であり、今のところ対価は得ていないのだから副業でもない。全て業務外の時間を当てているのだ。必要があれば有給休暇をとってテストに参加する。

     だが、メンバーのほとんどは所属する会社に対し、副業の申請をして了解をもらっているのも事実である。これは会社の機密情報を持ち出さないという誓約でもあり、ここで得た人脈や情報は本業に還流して活かせるという自信の表れでもある。全員正々堂々とテトラに参加しているのだ。いずれにせよ、企業内で純粋培養されているよりは相当に戦闘力が高まっているはずである。

     一方、テトラにはテトラ・アビエーション(通称TAC)という運営会社が存在している。TACはテトラの資金管理を行い、プロジェクトの途上で発生した知財を管理する。また、GoFly後の事業化の目的を担っている。さらに、TACはGoFlyに参加するための保険の契約や、航空機としての認証をうけるための窓口としての機能も担う。

     TACは、先日、投資家数名から多額の資金調達を行った。その中にはドローンファンドやインキュベートファンドといったベンチャーキャピタルの他、鎌田富久氏、成毛眞氏といった著名なエンジェル投資家も名を連ねている。TACには給与を受け取る従業員が1人もいないが、このテトラの志に集まる30人以上の優秀なエンジニアと、GoFlyのコンテスト終了時に本格的な資金調達を行って事業化の軌道に乗せることの期待に対しての初期投資が集まっている。一方のテトラは現時点では調達資金の100%を機体の開発費に充てるとしている。これも通常のベンチャー企業ができることではない。

     GoFlyコンテスト終了時にテトラは解散し、TACを中心とした事業化フェーズに移ることを明言している。その際に、集まったメンバーはいくつかの選択肢を与えられることになるのだろう。賞金の分け前を受け取って去るのもひとつの選択肢だ。しかし、多くのメンバーは志に対して集まってきたのであり、事業化まで見届けたいと思うに違いない。彼らは本業の雇用主を説得して出資をさせるかもしれないし、ちゃんと雇用契約を締結して副業として業務を開始するかもしれない。退職して転職という道を選ぶものもいるだろう。

     現在、大企業は若者のパワーをうまく使いこなせてはいない。多くの優秀な若者は大企業内で悶々とした日々を送っている。彼らは一様にボールを投げたくても受け手となるキャッチャーがいないという問題を抱えている。テトラはうまくそのボールを受け取る役目を担っているのだろう。企業にとってもよいピッチャーを育てる役目を社外のテトラが担ってくれているのは非常に喜ばしいことではないだろうか。結果として、日本社会には多くの良いピッチャーが育っていくのだ。

     テトラは現在GoFly事務局との守秘義務の関係で多くの開発経過を明かすことができないでいる。しかし、私が知る限り、このフルスケール機体は実験場の中ですでに「飛んでいる」ということを最後に申し伝えたい。空飛ぶクルマはもはや夢物語ではない。

     テトラは引き続き、メンバーとサポート企業・投資家を募集中だ。

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    斎藤 和紀
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